わたしの変化

勇気づけの子育てに出会うまでの「子育て暗黒時代」

私がそもそも勇気づけの子育てに出会ったのは、

2015年の5月に原田綾子先生の勇気づけの子育て講座に夫の勧めから始まりました。

(当時の私は全てが嫌々で、キャンセルしようかとの電話をかけたり、講座当日はわざと遅刻。

講座中はふてぶてしい態度。笑)


その頃の私は、かなり荒れていました。

(長女が年長6歳。長男2歳9ヶ月。次女が1歳になったばかり。)


毎日繰り返される家事や育児に追われ、

頭も心も身体も疲れきっていて普通の生活ができていませんでした。



子供の頃から私は小さい子の面倒をみるのが楽しくて、

私も将来お母さんになって自分の子供を育てたい!と思っていました。



予定では私たち夫婦の子供は2人のはずでしたが、

あまりにも我が子が可愛くて可愛くて、3人いたらどんな生活が待っているのだろう?と

2人目出産後の翌日から思っていました(安産だったので)。



赤ちゃんだった長男は、2番目に産まれた子だから?男の子だから?か人見知りも全くなく、

どこに出かけても夜泣きもせず、最初の子で何もわからず神経過敏に育てていた時と比べると

雲泥の差ほどのラクラクな赤ちゃん育児でした。



こんなに手のかからない子供だったら、もう一人欲しいなと思っていたところ、

長男と1歳9ヶ月差で末っ子の次女が誕生。

(5分で出産。私が自分でへその緒を切るほど体力残ってました)



長女のお姉ちゃんは5歳離れた妹を可愛がり、長男は赤ちゃん返りもなく、順調に日々が過ぎていました。





ただ、長男の言葉の遅れがなんとなく気になり始めた2歳の頃。





私は男の子だから言葉が遅いのかな?そんなに気にしなくても大丈夫だよと自分に言い聞かせながら…



母からは

「2歳になったのに言葉をしゃべらないね」

「ちゃんと話しかけてる?」


「言葉を教えてあげないと覚えられないよ!」


「この子ちょっと発達が遅れているから保健所で聞いてみたら?」


と会うたびに言われていました。



産後で、待った無しの赤ちゃん育児をしながらの生活で睡眠不足と過労と心配で、

どんどん私の私の理性がおかしくなってきました。




息子の言葉の遅れが、気がかりで心配になり、だんだん息子自身のことが信じられなくなりました。




今ではよく分かるのですが、その息子への心配・不安という私の心が息子に投影され、

息子は体の調子がどんどん悪くなっていきました。

(息子だけではなく、他の姉妹も…。常に誰かの看病をしていました)

※心の投影については「勇気づけ親子心理学講座SHINE~Basic~ 」で学ぶことができます。



月の半分は息子の体調が悪く、何度も夜中に救急病院に駆け込んだことか。

夜中の間は咳が止まらず、夫婦で交代で徹夜しながら、待ってくれない赤ちゃん育児の期間と重なりました。


私が自分の気持ちのコントロールが制御不能になるまで、そう時間はかかりませんでした。



どうにもならない暮らしに苛立ちと情けない自分が嫌いでした。

そして、いつの間にか「どうやって死のうかな?」と考えている自分もいました。



ハッとして我に帰り、慌てて子供達がいる部屋に戻って、まだ目の離せない幼子2人がいつも通りに過ごしている姿を目にして安堵。



いったい自分はなんてバカなことを考えていたのだろう?と

思いつつも、そんな自分が大嫌いでした。




赤ちゃんの1年間の成長は素晴らしく、昨日できなかったものが今日はできている!という

成長の喜びに癒されながらも、縮まらないはずのない兄と妹の成長の差がだんだん狭くなってきました。




息子が2歳後半の頃から、始まった癇癪(かんしゃく)。

手の施しようのないほど全力で泣き続けられました。



成長の早い姉と、できることがどんどん増える妹。

なぜか、できないことの多い息子。

私の心は壊れました。



躁鬱状態で天使の私になったかと思うと、

数分後は悪魔の私。

(当時の私を夫は瞬間湯沸かし器と夫に命名。笑)


そして、夫ともしょっちゅう、けんかをするようになり離婚寸前。

こんな絶対絶命の危機の時に、勇気づけの子育てを知りました。


子供は感情でしか大人を支配できない。大人になってからも感情を使って人を動かそうとするのは、幼稚である。   byアルフレッド・アドラー


「勇気づけの子育て」に夢中のわたし



「勇気づけの子育て」を学んだ1日目から、私は「時間」や「子供達」のことを忘れるほどに夢中に。



” これだ! 私が知りたかったのは、これだ! ”



私の乾ききった身体の奥底から、大地の潤いを感じた。




私は子供の頃から、

”人間とは何か?”

”なぜ生まれて、死んでいく?”

”死んだらどうなる?”

といったことを考えていた。



その疑問を知りたく、大学では福祉と心理学を学ぶ。

しかし、社会人としては専門職ではなく一般職のOLをやってみたく、

学生のうちに「宅地建物取引士」の国家資格を取得し、

中堅の不動産販売に入社。

(夫とは大学1年生の時、他大のスキーサークルで知り合い、一緒に宅建も勉強)



子供を出産する準備として退社した後、ベビーマッサージの認定講師の資格を取得。

(私が子供の頃から親しくして下さった方が、子育て支援のプロでベビマの先生)

こう自分の人生を眺めていると、

「こども」

「心理学」

「健康」

といったキーワードが見えてくる。



育児に疲れきっていた私は、体の健康だけではなく、心の健康も大切なんだと気づくように。
「心の健康」を取り戻すのには、どうしたらいいのか?といった答えが、

「勇気づけの子育て」にはあったのです。



「勇気」とは、「困難を克服する活力」のこと。
「勇気づけ」とは、「困難を克服する活力を与えること」。

”与えること”とありますが、もともと人には生まれながらにして勇気を持っているので、
大人が勇気を引き出す関わり方をします。

勇気とは困難を克服する活力のことだ。勇気のない人が困難に出会うと、人生のダークサイドへと落ちていってしまうだろう。 byアドラー


子供を勇気づける前に、自分を勇気づける

衝撃!

こども命!だった私には、いつも子供のことが最優先で、

自分のことは何でも後回しにしていた。

ママはトイレに行くのも我慢をし、お腹が空いても食べずに子供の世話をしているのが

美徳だと思っていた私。


世話好きな人は、単に優しい人なのではない。相手を自分に依存させ、自分が重要な人物であることを実感したいのだ。byアドラー


勇気づけは、当たり前の行動に注目する

子供はほめないと伸びない!と思っていた私は、一生懸命に息子の出来たことを探す毎日。

探せば探すほど、出来ないことばかりが目立ち、わざと私を困らせているのか!とイライラしていた。

息子のことを「ほめる」ことがまるで無い!と思っていた私は、

この子をどう育てたらいいのか分からなくなっていました。


「よくできたね」とほめるのではない。「ありがとう、助かったよ」と感謝を伝えるのだ。感謝される喜びを体験すれば自ら進んで貢献を繰り返すだろう byアドラー



途方に暮れていた私ですが、「勇気づけの子育て」は、ほめることも大事ですが、それ以上に「当たり前の行動を注目」すれば良いことを知り、肩の荷がスッと降りたのを今でもよく覚えている。

※勇気づけはELM講座で学ぶことができます


例えば、

「朝起きたね」

…それだけでいい(笑)



「ご飯自分で食べようとしているんだね」

「お着替え、自分でやってみようか?」

「靴下、上手に履けるかな?」

「歯磨きさせてくれて、ありがとう」

「顔もきれいになったね」


など日常のことを、そのまんま子供に伝えるだけでよく、

忙しい育児の合間に

特別なことはいらなかった。



だんだんと私は、出来ていないことに目を向けるのではなく、

子供のことをよく観察するようになっていく。

そして自分自身も、不完全な自分が許せるようになっていく。


できない自分を責めている限り、永遠に幸せにはなれないだろう。今の自分を認める勇気を持つ者だけが、本当に強い人間になれるのだ。 byアドラー

見ているようで見ていなかった子供のこと

子供のことを最優先して、いつでも子供のことを見ていると思っていた私は、

実は私自身の利益だけを優先した誤ったフィルターを通しての見方だったことに気づくようになる。


当たり前の行動に注目をするために、子供を観察していくうちに、

子供は親を困らせようとしているわけではない!ということが分かるようになる。


どうやら、だんだんと私の色眼鏡が外れてきたようです。


子供は、いろいろなものに興味を持ち「やってみよう!」と何でも試したくなるもの。

大人と違って、失敗を恐れずに何度も挑戦をする子供。



子供が挑戦して失敗したことに対して、私はいちいち怒っていた!

ダメなところばかり見ていた。


大人の私が他人に、せっかく勇気を出して新しいことに挑戦したのに、

失敗したらいつも怒られて、

「ダメ!ダメ!ダメ!」

と言われたら…


「じゃあ、何もしないほうがいいじゃん!」と拗ねたり、

「なんでできないんだろう。ダメな自分」と、どんどん自分のことが嫌いになっていくよね。


そうそう、私

悲劇のヒロインになるのが好きだった。


不幸に浸っていれば、何もしなくてもいいんだよ。

あわよくば、誰か手助けしてくれるかもしれない。



そして

失敗した理由は人のせいにしとく。

都合よく人のせいにしておけば、自分は責任を持たなくてOK.




そして負の連鎖はつづく。




大抵、子供をこっぴどく叱った後は、悲劇のヒロインになり、

最終的には自己を殺していた。

自分で自分の心を殺していった。

「私のことなんか大嫌い!死んじゃえばいい!」

「ダメな母親。こんな母親いない方が子供にとってはマシ!」


そんな時に限って、母の言葉が頭の中でこだまする…。

記憶は自分に都合よく書き換えられる

子供への過度な期待や過干渉・過保護で育った子供は、

自信をなくし

いつも人の目を気にして

他人と比較することで自分の優劣をつける。

(たとえきょうだいであっても)


叱られたり、ほめられたりして育った人は、叱られたり、ほめられたりしないと行動しなくなる。そして、評価してくれない相手を、敵だと思うようになるのだ。 byアドラー


小さな子供は、視野も狭く、親の期待に応えようと努力する。

努力することで親が満足する結果が出た時に、ほめられ続けた子供は努力をすると

親が喜んでくれると思う。


喜ぶ親の姿を見るのが生きがいになった子供は、

人から認められたいという承認欲求が強く、

認められた時だけ自分は存在してもいいんだと勘違いをする。


子供にとっては 家族が世界のすべてなのだ。親に愛されなければ 死ぬしかない。だから子供たちは 全力で親に愛されようとする。そのときとった命がけの戦略がそのまま性格形成につながっていく。  byアドラー



自分の心の声と、実際の言葉や行動が違っても、

人から認められることに重点を置くような生き方をするようになる。


やがて、その子が親になった時…

自分の子供が思い通りに動かないと、

子供をコントロールするためにあの手この手を使うようになる。


ほめることと叱ること

常識と非常識

脅し

無視

天真爛漫な子供や、楽観的な夫にイライラが募る日々。

会うたびに、不安で心配だからと…自分が一番気に障ることを言ってくる母。


子育てが終わったら孫育て。

同じように育てられたんじゃ、たまったものじゃない!と

思っていた私は、両親と断絶していた時期もありました。



何回も両親と壮絶なバトルを数年に渡ってしていましたが、

勇気づけELM(エルム)講座を学んで、


人によってものの見方が違うこと

相手に自分の思いを伝える方法

人の話の聴き方

感情の表し方

自分の人生に責任をもつ方法(ひとのせいにしない)

自分の存在価値は相手ではなく、生きていることでいいこと

性格は自分で変えられる

マイナス思考の減らす方法

自分を勇気づける方法


を知ることにより、

私の確かだった記憶が、実は自分の都合の良い記憶に書き換えられていたことを知る。



知りたくなかった本当の私。

両親のせいにして、自分の失敗をごまかしていた。

そしていつも親から褒められていたかった・認められたかった。


でも、

確かに両親から私は愛されている記憶を蘇えらせることができました。

そして、私の一番の見方はわたしであるということも。

(私の勝手な思い込みによる)長年の母からの呪縛が解けました。



自分でも気づけなかった、心の奥深い部分をSHINE~basic講座で学ぶことができたのです。


ダメな子供と思っていたが、本当は自分にダメだと言っていた

「客観的に事実を見据える」

「客観的に自分を見る」

これができるようになると、感情が噴出・暴れ出る感情の波・激しい感情の起伏といったものが無くなってくる。



きょうだいゲンカが始まっても、

「ウオ〜!やめろ〜!」といった激しい感情も減り、

冷静になって

「どうしたの?」

「どう思ったの?」

「どんな気持ちになったの?」

「そうなんだ」

「嫌な気持ちになったんだね」


と、言えるように。



相手を変えたい、コントロールしたい!と苦しんでいたけれど、

自分が変わったら世界が変わった。


イライラする相手や、

嫌い・苦手だと思っていた相手に好印象を抱けるようになれた。

勇気づけの子育てと潜在意識とつながる毎日で変化したこと(まとめ)

◼︎できないことに注目していた→当たり前の行動に注目するようになった


◼︎息子と姉妹と比べていた→比べる必要がないことを知る・比べなくなる


◼︎不安や心配→子供を根拠なしに信頼できるように


◼︎子供を支配しようとしていた→人のせいにしなくなる・任せられる


◼︎ほめるところがないと思っていた→ほめなくていい


◼︎叱ることがしつけだと思っていた→叱らない方法もあった



◼︎他の人に了解を得ないと行動できなかった私→自分が決めていい・やりたいことをやる


◼︎他人の目が気になっていた→気にならなくなる・自由


◼︎日常生活は平凡ではなく、愛のメッセージをわたしに送っていた


◼︎事実を客観的に見れるようになった


◼︎自分に起こる出来事がすこしずつ自分の願っている通りに変化している

◼︎何歳になっても、熱中できるものがあるということに気づけた


などなど



嫌われる勇気をもち、幸せになる勇気が持てるように!

「信用」するのではなく、「信頼」するのだ。「信頼」とは裏付けも担保もなく相手を信じること。裏切られる可能性があっても相手を信じるのである。
「やる気がなくなった」のではない。「やる気をなくす」という決断を自分でしただけだ。「変われない」のではない。「変わらない」という決断を自分でしているだけだ。 Byアドラー

”私” から ”私たち”へ

人前で話すと緊張して赤面をし、体がブルブルと震え出すほどのあがり症だった私。

人見知りもして、なかなかママ友の輪の中に入れなかった私。

本当に自分に自信がなかった私の様々な経験が、

もしかしたら自分以外の人を幸せにできるかもしれない!と思い、

講座を2015年の終わりから始めました。


こんなに幸せな気持ちで子育てができることを、

少しづつ広めたいと思い講師活動を続けています。


幸せの三要素は 自分自身が好きかどうか。よい人間関係を 持っているかどうか。そして、人や社会に 貢献しているかどうか。 byアドラー